兵道鏡
一、心持之事 付(つけたけ)座之次第 一、心の持様と云は、まづしあいせんと思ふ時、へいせいの心よりは、なほしづかになつて、 敵の心のうちを引き見るべし。俄かに声高く成、目大に、顔あかく、すぢはね立て、 すさまぢげなるは、ちうちをねらふへたなるべし。 左様のものには、なほしづかに心をなして、敵の顔をうかうかと見て、
敵のきにさからわざる様にみせて、太刀を取て、笑て、上段の下に太刀を構て、 敵打所を、ゆるゆると、はづすべし。さて、敵の気色をいな心なると疑様なる時,うつべき也。 又人により、仕合に望時、言静に、目をほそく、すぢほねも出ず、太刀取力なき様に見て、 太刀にぎりたるゆび、うきてもたば、しちように懸ものなる物也。 若しうへつまりたる時には、我が太刀先にて程をくらべて、心得て、いづれの太刀にて成共、 つかへざる太刀にてすべし。あかき所を、うしろになしてすべし。
平生稽古の時よりは、心やすく、自在にしたき事をして、いかどもゆるゆるとした心にて、 大事にかくる事肝要なり。
二、目付之事 一、目の付所と云は、顔也。面をのけ、よの所に目を付ける事なかれ。 心は面にあらわるる物なれば、顔にまさりたる目の付所なし。 敵の顔見様之事、たとへば一里斗もある遠き島に、うすかすみのかかりたるうちの、 岩木を見るがごとし、また雪雨などの、しきりにふる間より、一町斗ばかりもさきにある、 やたいなどのうえに、鳥などのとまりたるを、いづれの鳥と、見わくる様なる目つきなるべし。 やたいの破風懸魚、かわらなどを見るにも同じ。 いかにもしずまりて、目をつくべき也。うち所を見る事悪。 わきは首をふる事なかれ。うかうかと見れば、五躰一度に見ゆる心あり。 顔の持様、まゆあいに、しわをよすべし、ひたいに、しわをよする事なかれ。教外別伝たり。
三、太刀取様之事 一、太刀の取り様は、ひとさしを浮て、大指、たけたか、中、くすしゆび、小ゆびを、しめて持也。 持様は、右も左も同事也。太刀組合たる構、太刀のつばきわ、六寸さきに、刀の切先、五寸かけて構候也。 ひぢは、かがみたるがあしく候。されども余すぐにては、すくみて見にくく候。 右のひぢ一寸五分、左のひぢ三寸五分、かがみてよく候也。
手くびは、そりたるもくすしたるも、見にくく候ば、すぢほね、たたざる様にすべし。 太刀をよく取候へば、敵も自在にうたるる心候間、如此取を本とし候也。口伝在之。
四、積太刀合之事 一、太刀合を積と云は、切先五寸斗を過去と云、物打現在と見、当たる所を未来と云也。 太刀を追取と、つるつると懸、先、過去にて先をかけ、我が太刀の切先、敵の現在へかからば、
はやうつべき也。過去より現在へよる迄の、はずす事、ぬく事、乗事也。現にかかり待事、努々無之。 過去よりうてば、打はずす物也。又現よりかかりすぐれば、ちうちに成物也。されども、それより近くば、請べき也。 同はとむる事あしく、とをあたりにする事肝要也。猶口伝在之。
五、足遣之事
一、足づかいは、太刀追取やいなや、少しもよどみなく、つるつるとかかり、敵の現に乗時、足をつき合いて打也。 若太刀追取と、懸にくき事有ば、我が右のかたへ、まはりよるべき也。 左様にまはりよれば、結局まわりすぎて、我が方つまる物也。 敵太刀位を見て、ひだりへまわる時、又我左へまわりもどり、俄に先をかけぬれば、敵勢をすりて、 其儘しちやうにかかり、うち所たしかに見ゆるもの也。そこにて油断する事悪し。 ふかくいらず、ひしひしと打べし。転変肝要也。
六、身之懸之事 一、身のかかりは、顔は少しうつぶきたる様にして、いくびになる様に、かたを両へひらきて、 むね出さず、はらをいだし、しりをいださず、腰をすゑて、ひざを少しおりて、くびすをつよくふみ、 つまさきをかろくして、少両へひらきて懸也。又うつ時に身の懸、顔は同、頸はいくびに、むね出し、しりを出し、 ひざをのばして、くびすを浮て、つまさきをつよく、左足を前へ上て打也。
打て油断せず、にらみつけて、敵首を上ば、ひたと打べし。口伝在之。
太刀之名
七、指合ぎりの事 一、指合切。敵の右の目に、我が太刀先をさして、過と過に付て、敵の打所を、かたにてぬきて、 ひぢ、手くび、かがまざる様に、いかほども大にぬくべき也。足をば、太刀上ると一度に右足を出して、 さて左足をつぎ、又右足を大に出して、太刀をひざにつけ、敵打太刀の、はばきぎわを、 我が太刀の物打の少下にて請、左足を敵のまたへふみ入る程にして、敵の頸を、太刀共に、 はさみ付る様にうけ候也。敵をいかほども、のらせたがるがよく候也。 若又敵、我が太刀に取付様なる事あるべし。左足にて、むねをふむべし。転変肝要也。
八、転変はづす位之事
一、転変の位。構は指合切と同。過と過に付て、敵打と其儘一度に乗て、現にして、足をつき合、 いかほどもつき出して、敵の廻のとまりに、うかうかと構見る時、敵力に任て、打をとさむと思時、 我が太刀さきを、はやくはづして、左の手のうごかざる様に、右の手をかたまでつよく引、 右足をふみ出し、左足を前へ高く上て、又引きたる筋を、敵の二のうでを、よこに打べし。口伝在之。
九、同打落さるる位
一、打落さるる位。構も乗も前に同。足は構の時、足をふみそろへ、乗時、右足を出し、廻のとをり、 つき出して構時、敵力にまかせて打落す時、太刀にかまわず、自然に下て、首を少もうごかさず、 手をのべて、左の前に構て、敵手をねらい打時、我が手を、右のかたへかえてはる也、 太刀をひらにて、はる事あしく、下より手をすぢかへに、はらふ心なるべし。転変肝要也。
十、陰位之事
一、陰の位は、身の懸、まむきになして、少左足を出して、左の手をのばして、刀のさきを、 敵の左の目に付て、まへせばに、太刀を立に上段に構て、刀の上よりおしのべて、敵の手を打べし。 敵の太刀先、我が刀のさきにあたるほどなれば、定りて太刀、敵の手にあたる物也。 又、喝咄の位。左足を出して、太刀の切先を、敵の方へなして、太刀のみねを、敵に見せて、敵打時、
手をのばして、切先より、はやく上て打べし。いかほどもはやく、つよきほどよく候也。
うつ時は、右の足を出す也。合近き時は、右足を引て、同所にて喝咄すべし。 我が太刀短時は、うけながして、うつべき也。喝咄近くて悪物也。 近ければ、むねにあたる心あるべし。転変肝要也。
十一、陽位之事 付 貫心持 一、陽の位は、刀は敵の構に応て、十文字に宛て、太刀は手をのばして、左の脇にゆるりと構て、
敵の手を、すぢかへにうつべき也。此太刀、上段に逢て、よき太刀也。 はりさまに、右足をすこしづつ出して、手を右にかわして、はるべし。 又貫心持は、手をはる時、其のはる太刀を、勢に入打落さむとする時、同拍子に、はると見せて、 下をすぢかえに、はらいて大に太刀をのばして、くびの通りを、又すぢかえにはらふ也。 敵勢いをいれずば、ぬく事しかるべからず。我が手をかわして、敵の手をねらふ事肝要也。口伝在之。
十二、同位はる積之事 一、はる積は、我が太刀の切先、敵の現在nあたる程の積の時、手をのばし太刀を少左の脇にをきて、 右の身をすこし出し、下より手をすぢかえて、はりあぐる也。如何にも構をば、ゆるゆると構候也。 敵せいに入打落時は、猶つよくはりて、敵せいの力を出し打落を、足と身とは、はる 1 心に拍子をちがへずして、 太刀斗おしみ、誠に打出すと見せて、敵打落太刀の其跡を出て、きり候也。 敵相近き候事あしく、同はつるつると懸、一度に下よりはりあぐる様に、よくねらいて、うつべき也。口伝多し。
十三、定可当之事 一、定可当は、少左の足身を出して、刀の切先と敵の太刀、我が刀の過と過に逢程の時、定で振出すべき也。 太刀の構は、切先、前のかたへ出して、いかにも身のうちひろき様になして、両のひぢをかがめて、 手首のかがまざる様に、むねをいかにも入て、大なる木をいだきたる様に、身の懸をなして、かかるべき也。 下よりすぢかへに、敵の手をはらい上て、もどりの太刀にて、直に首を打べき也。 下よりの太刀、したたかになばしたるがよき也。はりさまに右足を上て打時、ふみこむて打べき也。転変肝要也。
勝味位
十四、先を懸位之事 一、先の懸様。あまた有。敵中段、下段の時は、陰の位に構、其儘飛かかり、うたむと思ふ気色をして、 太刀を少うごかして、はしりかかりて、過と過に逢時、足を少ならせば、敵かならず、しちようにかかる物也。
敵のにぐる程、我が身もつきてよるべき也。敵上段の構の時は、組合て下段に構て、左足をふみ出して、 はしりかからんと見せて、首をかくれば、敵しちやうに懸物也。平生は、指合切に構て、追払べき也。 いづれの太刀にも先はあり、敵の思ひもよらざる事して、拍子ちがひにして先をかくるべし。 敵の思ひよる事は、少々相太刀にても悪し。口伝在之。
十五、切先かへしの事
一、切先かへす様は、我が太刀さき、敵の現在に乗時、足をつきあわせて、ほしをよく見あてて、かへす物也。 ほし明にみえて敵合近き時は、ちひさく一廉はやく、かへすべき也。又云、 敵合少遠き時は、手をはやじゅかへすやうにして、いきをぬき、足身はかかりて、手斗おしみて、 手のおさまり所をきるべき也。敵打かくる時、かへす様、敵の太刀と一度に、我が右の方へ手をぬき、
大に太刀をのばして、右足をふみかかり、左足をうけて、首をかかりて、敵のはなすぢを、立にわる様に返也。
うちはづしたる時は、身をのきて、陽の位かまゆべき也。はる心持ちは、前におなじ。教外別伝たり。
十六、足を打位之事 一、足をうつ様、三色有。敵のうしろへ、下段にかまゆる時、我が太刀、下段の上に構て、左のかたへ廻る様に、 太刀先、敵の現在につきかけて、足をふみとめず、つるつると少かかりすぐる程に行、のき足に敵を打べし。 打所、足を見る事、努々なかれ。敵打次第に、切先返を、いかにもはやくすべし。ちかくば、うくべし。請様、前に同。
又敵高上に構たる時、組合上段に構、うつむきたる身の懸にて、つるつると現の積に懸、足を打やいなや、 のきてすさり、陽位に構べき也。又敵中段の上にて、我が太刀の上へかかる時は、我が身の懸をのりて、 太刀のはを上へなして、ひぢをおりて、右のかたへ構て、さて切先返するよしして、足をうち、 刀上の敵太刀を、はる心して打のき、上段の中に構て、足を引うつ時、切先かへしの心すべき也。転変肝要也。
十七、手を打位之事
一、敵、中段の下に、つき出して構時、我が身、とをりよりみぎへはづれば、太刀先をさげて、過にて現につけ、 其太刀一尺ともはなれずして、いかにもはやく、手のうちに力をいれて、手本をさげて、両の手をかけて、 切先かへしすべし。ちいさく、つよき程よく候也。又我が身、とをりより左のかたにあらば、手本をさげ、 敵の太刀に、十文字にあて、太刀少もまわる心なく、一尺斗上て、右の手の爪を打べし。 又敵太刀一廉はやき時は、切先返の心なる二の越をもって、おさまる所を打べし。はやく透なき事肝要也。口伝在之。
十八、切先はづす位之事 一、太刀をはづすこころは、かたと手のうち斗也。されども手のうちを、おおくうごかす事あしく、 左へはづす時は、すぐに、右へはづす時は、少くり上て、もとの構に又なる様にすべし。 左へはづす時、右足を出し、又右へはづす時は、左の足を出すべき也。はづして後には、前の手を打位のごとく、 はやく、敵太刀振りおさめざるうちに、打べき也。このうちも、まわることは悪し。口伝在之。
十九、乗位之事
一、乗心持は、太刀にてものらず、手のうち、ひぢ、かた、こし、あしにてものらず、敵太刀をうちだすを、 五躰一度に、にちかたに、太刀さきより足さき迄、やわらかにのり候也。敵太刀のうごくと、はやあぐる様にすべし。 くらぶる時は、現在迄、太刀打ちかえとも、よどみなくのり、つむると、ひしととまり、手をうち候也。猶口伝在之。
二十、すり足之事 一、すりあしは、敵うかうかとして、中段などに、両の手にてもちたるとき、太刀追取と、左足を少出し、
手と手を重ねてくみ、いかにもゆるゆると持て、腰をすえて、敵をまむきに見て、敵打出さむとする所を、 又左足を少ふみ出して、右足を、とつととびこみて、左足を折て、下をはらいうくる也。 いかにもつよくすべし、すこしもおくくる心なかれ。教外別伝たり。
二十一、真位之事 一、敵二刀のときは、過と過に合切、左足を出し、右ひざを折りて、定可当をふりて、ふみかかり、
足をたてかへて、陽位にかまへに、又はらい出し、又喝咄に構て、左足を出し、喝咄すべし。 少もあいのなき様に、つよくすべき也。先をかくる事肝要也。敵の小太刀を、すでに見る事肝要也。 少もおくるる心なかれ。又脇せばき時は、其儘喝咄にして、左足を出し、数多太刀を、いかほどものばしてうつべき也。 口伝多し。
二十二、有無二剣之事 一、有無の二剣は、刀を高く切先を敵のかたへなして、太刀をば我が左のひざのうえにおきて、 敵切懸は、太刀にて下より手をはりて、又うへの刀を打懸心すべし。さる時敵上に 1 かまわず、 下の太刀の手をうたんとせば、刀を打て敵気ちがひしよはりたる時、下の太刀を両の手にてかすみて、 請上てすぢかえにきるべき也。又刀をおぢて上に心付ば、下にて教のごとく手をはるべき也。 敵に近き事あしく、構の足は、左足を出し右足七八寸ほどわきにをきて、切篭時、左足をば其儘おき、
右足を出して、力に任てきるべき也。転変肝要也。
二十三、手裏剣打様之事 一、手裏剣の打様は、人さしを、刀のみねにおきて、敵をきる様に打べし。打たてんと思ふゆへに、たたざる也。 手くびすくませて、かたをしなやかに、目付所のほしを、こぶしにてつく様にすべし。はじめには、ちかくやはらかに、 切先あがりに立様にすべし。間を積事、敵合一間の時には、五寸、太刀先を上て打べし。一間半の時は、一尺立、
二間の時は、一尺五寸立打べし。ほしより高く立事はくるしからず。下がる事あしく、勢力入る程、ほしよりさがり、 切先うつぶきて、あたる物也。きをはる事あしく、うつ時の身の懸、あをのきてむねを出し、足を出し、うしろえのる事、 いかほどものる程よし。いきは、ゑいゑいとそらうち一つ二つして、のり上る時、引いき長くして、はなるる時、 とつと云ういきにて、はなすべし。ゑいと打咄すいき、あしく、工夫肝要也。
二十四、多敵位之事 一、敵おほき時は、身をまむきにして、左足を少出して、一度に惣敵を見る目遣いにて、敵のつよく、 つるつると懸るかたへ、我はしりよりて打べし。構様は、刀を左のうしろにかまへ、太刀を右のうしろへ、 両の手ながら、とつとのばしてかまへ、むね、足を出し、太刀、刀のさき、うしろにてゆきあふ程に構、 敵にかならずあたらむと思時、右足を出して、敵の目のとをりを、太刀、刀、一度にふり出し、 太刀の手、上に成様にふり、其儘振返し、又左足をふみ出し、本の構のごとくにすべし。 振時、むねをいかほどにもかかりのばす様にすべし。我が左のかたの者に、能あたるもの也。 太刀数多く振事あしく、先をかくる事肝要也。口伝おおし。
二十五、実手取之事 一、たて篭もるものとる様。先づ戸口はいる様。立かわりて、両の戸わきを、鎖にて、せぐらせ、 二刀は中の下に構て、かたなのさやに、きる物をかけて、小太刀に持添て、左足をだして、構候也。 さて内へはいる時、鎖を我が左のかたにもたせて、鎖にて、敵の顔をはらふべし。敵顔をふり、気ちがいする時、 二刀の構の中段の上に構て、さて請て、きる物斗すてて、刀にしらはを取添て、手を太刀のむねにて、うちはなし、
太刀を、心本にさし付て、わきざしを、我がわきざしに取添ぬき、ふたつながらすてて、敵の右の手を、左の手にて、 くつろがせる様、手くびを取て、太刀を、敵の右わきの下より入て、むねとかいなを、せかして、うつぶきにたおし、 手くびと太刀のつかを、足にてふみて、いづれか成共、はやなわを、かくべし。 取しむる迄は、鎖にて顔をはらふべき也。口伝在之。
二十六、太刀ぬき合様之事 付 あい太刀あわざる太刀之事
一、太刀かたな、ぬき合様は、半間、一間の間にては、わきざしにて、其儘きるべし。あい遠き時、わきざしをぬくと、 はやひだりへ取なをして、太刀に手をかけ、陽の位の様に、心を持、敵打出さば、ぬき合せざまに、其儘てをはらふべし。 敵かからある時、ぬき合、したき事をすべし、小わきざしの時は、ぬけよき物なれば、太刀よりぬきて、上段に構、 敵よりにくき物なれば、其うちにゆるゆるとぬき合する物也。
又あい太刀之事、定可当のあい太刀、ひたりしや、上段のとめかすみ。陰位あい太刀、両手のつき出したる下段、中段、
喝咄のあい太刀、かたてにてつき出したる中段、片手の左に構たる上段。陽の位のあい太刀、両手の上段、 何も此ふりなる構にて、心得懸るべき也。 またあわざる太刀の事、定可当に、右のしや、かた手の上段、陰位のあわざる太刀、左しや、右のしや、かた手の上段。 喝咄あわざる太刀、左しや、かた手の下段も、少あわず。陽位あわざる太刀、左しや、右しや、かた手の上段、 かた手の下段、勝味位は、敵太刀に、しあわせたるもの也。切先かへしなどはみ、少あわざる事おおし。口伝在之。
二十七、是極一刀之事 一、是極一刀と云は、若し我一刀斗ぬき合たる時の事也。敵上手にて、何とも勝つべき様の見へざる時、 太刀をうしろよこに構、手あいをひろく取、右足をふみ出し、敵太刀合に成る時、一つ二つ斗振て、すさりて、 敵懸内の透を見て、其足を其儘をきて、過をいかにもつよく打て、はやくわきざしをぬきて、うけこみて取を、 いかにも心つよく思、手を取て切るべし。近くては、みぢかき程よき也。せんかたなき時、勝故に極意とかうする也。口伝。
二十八、直通之位之事 一、直通之位と云は、兵法之魂也。前の太刀数共は、皆是、人の躰のごとし。是より外にいる事なし。 又のくべき事もなし。勿論時によりて、少も出合わざる事もあれ共、又いらでかなはざる事有。 たとへば、眼耳鼻舌手足などの様に作りたる物なれば、此内一つのきても、かたわに成べし。 又爰に云太刀数、皆流つう自在に覚ぬれ共、直通位の心魂なければ、狂気酔人証なき者に同。 何の太刀も追取、先をかけ見るに、敵打所の星、見ゆる物也。 其時、合太刀あわざる太刀を見分、間を積、一念に思所の星を少も違へず、縦ひ大地は打はづす共、 此太刀努々はづるる事なかれと、おそろしき気をすて、爰こそ直通一打の所なれば、力に任せて打べし。 又敵入取も相違なし、つるつると懸、はや手に取つきたると思、如何程もふかく懸べき也。 直通の心なき太刀を、しに太刀と云也。よく分別して見るべし。まくるにはすさりてもまくる物也。 奥と云、これより奥もなし。奥の院となれば、なお深く尋ねゆき、行きて見れば、又家村近く見ゆる。 さて、伝へり、おく奥にあえあず。口くちにあらず、兵法大智の我あれば、尋さぐるにきどくなし。 我にまさりて積者、前前後後にあるべあらず。教外別伝たり。
右六七七八之条、慶長九年初冬ノ頃、忽然トシテ審ニ的伝之秘術ヲ積リ、 明鏡之書ヲ作リ、兵道鏡ト名ズケ、尽ク妙術ヲ伝ヘ、弟子印免之者ニ之ヲ授ケル。 古今無双之兵法、後々末々迄、失絶スベカラザル為ニ、先跡無類之秘事等、書キ付テ置カシムル也。 縦ヒ予ガ直筆ノ免状之手形有リト雖モ、此ノ秘巻無クンバ、更ニ必ズ状トシテ用フベカラズ。
此ノ条条、学バズンバ、争デカ勝負ヲ決センヤ。 親子兄弟為リト雖モ、其ノ覚悟ニ依リテ、之ヲ授ケズ。 寔ニ他事ヲナゲウチ執心神妙之旨、此ノ一巻相渡スモノ也。秘スベシ、秘スベシ。
円明流 天下一 宮本武蔵守 藤原義軽
慶長十年極月吉日良辰
兵道鏡 増補 慶長十二年版
前八之位之事 一、前八といふ事、初に習覚べき事、惣別諸道、人に百くせあるといふなれば、 太刀もおなじく、そのくせとも身なりを初よりよくせんため、身のひらき、早速仕覚させんと云儀也。 然ば、いかほどもなりけだかく、手つきいとうつくしく、足おとなく、とびても廻りても、身なりろくに、 いかほどもしづかに、きつかりとして、しもはゆるぐとも、かみのうごかざるやうに、
たとへばそらより縄をおろし、つりさげたるものと心にあるべき也。 此儀、一段面白たとへなり。教外別伝たり。
一、先懸位之事 一、先懸様、太刀にはあらず、皆心心ををあらわすなれば、書き難き処、しかれどもおよそ此心なるべし。 先に、先の先、體の先、ただの先とて、三様あり。先の先と云は、両方太刀追取とはたはたと打合時の先也。
行合時、足のすわらざるやうにして、敵打時そのあとへ、ふつと飛び懸て追払べきなり。 敵太刀合になる時、うたずば猶はやくかかり、敵行合ば、取て打べし。 敵しりぞかば、大きなる事を振り懸て猶猶追篭べし。太刀合積る事肝要なり。 又體の先と云は、敵思ひ切てはしり懸る時、はしりかからんとするよりすさる心して、 敵かからばとつとすさして、敵間近く成時、ふつと入りてひしと取つくべし。 すさる時腰をすへ、いかほどものるべき也。 又敵太刀と、せり合時、両とも気はりて、敵も我もおそろしき心あるものなり。 その時は猶はるやうに見せて、さてひしと心を捨て、万の気になして、するするとかかるべし。 又只の先は、太刀追取と、敵一足も出ざるうちに、つるつるとよりて、ほこをつき、敵に打出させぬやうにすべし。 平常の先と云は、敵のおもひよらざることをするを、是を先といふ也。転変肝要也。
一、春心持之事 一、つき様は、太刀をふかく組合て、中段につき出し、うでのかがまざる様にして、ち足に少はやくあゆみ行、
右足を出し、敵打と両の手を、我帯へつくるなり、太刀を引時は、左足を出しつくべし。 つき所は、いづれ成共すきを見てつくべし。よこよりはらふには、切先をあげて十文字にしてつくべし。 敵上段より打時は、太刀の切先、敵の方へなして、定可当に構、二のこしを以て春くべし。 足は行懸足にて、右足を跡へあげて、ひらきを見てつくべし。転変肝要也。
八、直道之位之事
一、万事此とき也。太刀数も、是よりおほきこと、すくなきこと悪し。 直道の心魂と云は、太刀追取、其太刀応ずる位を見合わせて構。打位のほしを見て、間をよく積、 うたんと思ふ時、惣の力を入て、縦ひ大地は打はづすとも、此太刀努々はづるる事あらじ、 もしはづれんならば、負ぞと思切て、少もおそるる心なく、一念にほしを打べし。 打はづして、又取合構など、一切能事あらず。 目録の奥「春風桃李秋露梧沓」と云事も、平常道を遣時、又座敷などにて平常あしらふ時、
いかにも面白く上手を見せて、少も我にかすらず、深々と切べし。 又仕合大仕合などは、いかほどもはやく、つよく、少もおくるることなく、身をすてて大をすべき心、 爰に「花開日葉落時」立り、是奥の奥也。奥おくにあらず、口くちにあらず。 弘法の云、中々に人里ちかくなりにけり 余に山の奥をたづねて、と云り。転変肝要也。
右条々、他流之太刀を屏ンガ為、又余ニ替リテ直ナル勝味ヲ宣ナウ為、()分毛頭濃濃ト書キ記ス也。 猶ホ奥義等ハ、其ノ具ニ当リテ其ノ理ヲ弁ヘ、平生之ニ達セザル者ハ、龍ヲ誅スル之剣。 蛇ニ振ルハザルトイフ先譬ヲ見ルガゴトキ也。
天下一 宮本武蔵守 藤原義経
慶長十二年十一月吉日